TOP専属プロスタッフ紹介>小林 伸明プロ
国内戦歴 ・全日本スリークッション選手権
優勝14回、2位 7回
・全日本ボークライン選手権
優勝 13回
・全日本プロスリークッション
選手権

(ジャパンカップ) 優勝3回
使用キュー アダムMUSASHI小林カスタム

経歴

1962年 日本プロ選手会入会
1974年 世界スリークッション選手権 アントワープ大会 優勝
1982年 世界スリークッションチーム対抗戦 日本チーム(小林・小森組)メキシコ大会 優勝
1984年 世界スリークッション選手権 クレフェルド大会 優勝
1985年 世界スリークッションチーム対抗戦 日本チーム(小林・小森組)ボルドー大会 優勝
1986年 BWAワールドカップスリークッション ブリュッセル大会 優勝
BWAワールドカップスリークッション ファンケンブルク大会 優勝
1988年 BWAワールドカップスリークッション アントワープ大会 優勝
BWAワールドカップスリークッション マドリード大会 優勝
BWAワールドカップスリークッション スパ大会 優勝
1992年 世界スリークッションチーム対抗戦 日本チーム(小林・小森組)
フィアーゼン大会 優勝
ビリヤードとの出会い
 自分で作ったミニ球台でビリヤードを始めた。父親がビリヤードの愛好者であり、その父親の始めたビリヤード場の外から、皆さんの撞いている様子を見ていて、手球の変化、クッションに球がバウンドする時の様々な変わり様、球と球とがはじける音、様子、変わった動き、これは引き球、押し球、ストップショット等々、この世界は永く追い求められるものだと感じ、なにか、この世界(ビリヤードの)を自分の生きられる場だとなぜか強く思った。

pro-kobayashi01.jpg (4651 バイト)
小林プロ
使用キュー

プロになった理由
 日本一の選手になりたかった。
ビリヤードプレイヤーとして世界に挑みたかった。
20才でプロ選手会に入会してより、自分を生かす道はこれしかないと思い、これを生活の基としようと決心した。
特に自分を高める、自分を生かす、育てるものがビリヤードにはあると思った。その為にプロの仲間に入り磨く事が自分の道であった。プロ選手の中には様々な個性の人達がいる。それにふれあっているうちに自分が見付けられるとも思った。これはビリヤード大学の学院生に入った気持ちだ。


上達のひけつ、練習法

 天才とは努力の異名ともいわれている。
いかに生まれつき才能がある人でも最低人並みの努力をしなければその才能も生かすことが出来ないと思う。
世のスポーツ界では心技体を練磨することが大切と言われている。
ビリヤードでも同じだが特に技がもっとも必要であり、それにも増して大切なのは心であると思う。
ビリヤードはメンタルティックなスポーツであると、良く言われていること。
勿論、どんな競技でも足腰が強くなくてはなりません。
ビリヤードでもそれは大切です。しかしそれよりも技に対する自信、その精神的な面が強と思われます。自分に対して惚れ込む位の自信が大変必要だと思う。人は誰も弱い気持ちが多いと思いますが、そのような自分に挑戦して、いやそれを挑戦しつづけること、これは球を撞き続けることにほかならない。が、練習は量と質両方必要、量と質で内容の深い練習があり。
時には何時間、何日も続ける。自分の本質を知る為の自分自身に厳しい練習も必要不可欠。型練習(一人で練習)申し合い練習(二人でゲームしての)両輪をまわしてことは成る。


自己流のキューメンテナンス・キュー選びのアドバイス
 自分の恋人と同じ思い。40年間キューと付き合ってきて、キューを自分で勝利の基としてきた。
自分のプレーを見つける為に、キューの細かい調整に気を使って来た。又、キューを新しくする事で自分の新たな技術を発見できたこともあった。特にシャフトのテーパー全体の重さのバランス、強さ、としなり方。
※自分のインパクトの距離(位置)に合った長さとバランス。
自分のインパクトの速さに合った重さが必要、これは速い人は軽めのキュー、ゆっくりの人は重いキューが良いと思う。


現在使用していただいている当社のキューの感想
 夢がある。常になにか良いものを求められる。
年々進化している気がする。デザインや柄のつけ方は、何でもできる、どこでも。しかし、撞き良さ、色々な撞き方に応じられるキューをどこか探し求めているように思う。益々良い物ができる期待がある。
ビリヤードは千変万化する動きがある。それに応えられるキューが必要。細かきも激しき時にも、その味をかもしだせるキューを追い求めている。それをアダムキューに可能にしてもらえると思う。

●写真提供 「ビリヤード CUE'S」「On the hill!」 ●資料提供 JPBA・ビリヤードマガジン